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村田浩明の年齢や経歴は?横浜高校野球部の監督の実績がすごい!

村田浩明監督

就任2年目で甲子園に導いた村田浩明監督ですが経歴に注目している人が多いようです。

村田浩明監督は元々横浜高校で野球部の主将を務めていたそうです。

今回は村田浩明監督の経歴についてまとめました。

村田浩明の年齢は?

村田浩明監督の年齢についてですが

当時1998年、松坂大輔さんが甲子園の春夏制覇を果たした年に

小学6年だったそうです。

ということは1987年生まれの可能性が高いと思われます。

1987年生まれだとすると2022年現在は35歳ということになりますね。

村田浩明の経歴は?

村田浩明監督の経歴についてまとめました。

中学時代 「川崎北シニア」に所属

横浜高校:捕手としてプレー

日本体育大学で教員免許取得

大学卒業後:神奈川県立霧が丘高校の部長

2013年秋から:神奈川県立白山高校の監督に就任

2018年夏:北神奈川大会でベスト8

2020年4月1日から:母校の横浜高校の監督に就任

中学時代は「川崎北シニア」に所属

中学時代には少年野球の「川崎北シニア」に所属しています。

小学6年だった村田浩明さんですが

当時1998年、松坂大輔さんが甲子園の春夏制覇を果たしたことでも

話題になりました。

当時村田浩明さんは、横浜高校の松坂大輔さんに憧れを抱いていたそうです。

横浜高校在学時には捕手としてプレー

高校は横浜高校に進学しています。

その理由は

  • 松坂大輔さんへの憧れ
  • ここで勝負したいという思い
  • 横浜が夏の甲子園で優勝した日、私は神奈川県の少年野球の大会で準優勝で、同じ紙面に掲載された

などさまざまな縁もあり、横浜高校への進学を決めたそうです。

中学を卒業し、親元を離れて寮生活だった村田浩明さん。

当時は

これが横浜高校か…。頑張るんだ。ここで絶対に甲子園へ行って、プロ野球選手になって…。

と将来プロ野球選手になることをはっきりと夢見ていたそうです。

横浜高校では捕手としてプレーをしています。

3年時には主将に就任し

  • 夏の甲子園ではベスト8
  • センバツの準優勝
  • 選手権のベスト8

などに貢献しています。

村田浩明さんにとって甲子園とは

  • 全てが一瞬で終わってしまうみたいな感覚
  • それくらい、夢中になれる場所でした

ということを語っています。

また、当時実力があって個が強い選手が多かったため

主将としてまとめることが大変だったそうです。

意思疎通がとれるように主将として

  • 自分はグラウンドへ一番に来た
  • 一番声を出した
  • 監督、コーチにも一番向かって行っていた

などとチームを引っ張っていっていたことがわかりました。

リーダーシップを選手たちが認めていたのか、

夏の県大会で優勝したときには選手たちが監督よりも先に胴上げしてくれたそうです。

最後の甲子園では準々決勝の駒大苫小牧戦で負けてしまいます。

そんな村田浩明さんに監督は

「ここに戻って来い」

と強烈なメッセージを残していたのでした。

日本体育大学

横浜高校卒業後は村田浩明さんは日本体育大学に進学しています。

大学時代の2年間は横浜高校のコーチを務めたそうです。

その後横浜高校のコーチとして

残るか?

と当時の監督に声をかけられたそうですが、

公立高校で勝負したいと考えていたそうです。

その後県立霧ヶ丘高校に所属しています。

大学卒業後は神奈川県立霧が丘高校に

公立高校の野球監督として勝負したいと思っていた村田浩明さん。

霧ヶ丘高校の監督として2013年に就任しました。

2018年夏には北神奈川大会でベスト8に輝いています。

指導力が素晴らしかったのでしょうね。

2020年4月1日からは母校の横浜高校の監督に就任

2020年4月1日に母校の横浜高校の監督に就任しました。

そのきっかけは2019年9月に部員への暴言暴力行為があったとして

当時の監督が解任されたことがきっかけのようですね。

新しいリーダーとして白羽の矢がたったのが村田浩明さんでした。

就任2年目の2021年夏には甲子園大会に出場し

監督として初勝利をあげました。

村田浩明さんは監督になるにあたって、

かなり迷っていたそうです。

しかし高校時代にお世話になった渡辺監督に

『お前しかいない』

と太鼓判を押してもらったそうです。

また、高校時代お世話になっていた小倉コーチには

『お前が行って立て直してほしい。俺が出来ることはやってやる』

という力強い言葉を受けて、監督に就任することを決意します。

渡辺監督からは

『愛情が人を育てる』

という言葉を何回ももらっていたそうです。

2020年といえば新型コロナウイルスの流行で

学校生活や部活動を思うようにできなかった年でもありました。

そんな中、村田浩明さんは荒れていた練習場の土の入れ替えをおこなったり

グラウンドをチェックするなど、選手が気持ちよく戻ってこれるように

環境を整えていたと言います。

常に生徒のことを考えて行動していたことがわかりますね!

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